すいぜんじのり

熊本市の水前寺公園にちなんで命名された「すいぜんじのり」の名前が学術的な標準和名として使われている.
この藻は宝暦13年(1763)遠藤幸左衛門が筑前の自分の所有地の川に生育している藻に気づいて「川苔」と名づけたことに始まるとされる.

このころから食用とされるようになった.天明8年(1789)には遠藤喜三衛門が乾燥して板状にする製法を開発した.「川苔」(河茸)は秋月藩の幕府献上品とされ,一般の採取を禁じられた.寛政5年(1794)には秋月藩主から「寿苔」という名前を与えられ,生育している川を黄金川と呼ぶようになった.

「すいぜんじのり」の養殖は甘木市のほか久留米や山鹿などでも行われたが,現在では甘木市大字屋永にある遠藤金川堂(遠藤秀雄氏経営)と喜泉堂(羽野正喜氏経営)の2業者が黄金川流域で第1種区画漁業権をもって養殖を行っている.
 製品は板状にした乾燥品「川茸」「寿泉苔」のほか,塩蔵品や佃煮などいろいろな製品として販売されている.

甘木市秋月の黒門茶屋では「川茸定食」を作っている.暖かいご飯に混ぜたもの,吸い物,酢味噌かけ,佃煮,酢の物として食膳にのぼる.

甘木市本通の花房屋では明治44年創業以来,独特の製法で「河茸羊羹」「河茸彩花」を製造販売している.このほかにも季節的な茶菓として野趣にとむ菓子も製造し,茶席に出されている.

   
 
スイゼンジのりを使った料理とお菓子

甘木市秋月の黒門茶屋の川茸定食」
 

甘木市本通の花房屋
 
 「河茸彩花」
 
「河茸羊羹」
 
「季節限定の河茸を使ったお菓子」

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